| 昭和10年外国人の別荘は300戸を越し滞在人数も1300名以上になっていました。新たにこの聖パウロ教会がこの年新たに造られました。設計はアントニン・レイモンドです。カソリックの教会として現在も活動しています。毎週週末になると結婚式が行われているのを見かけます。 |
| 軽井沢の避暑地としての開拓者ショーを記念して作られた教会です。現在軽井沢に建てられている教会の中では一番古い建物です。聖公会系の教会として現在でも活動しています。 |
| 明治28年に最初に軽井沢に造られた教会です。まだ教会が無かったころは、ショー氏の家が教会も兼ねていた事もあるみたいです。外国人の別荘が建つとそれに付随して教会も出来るということで現在で軽井沢には多くの教会があります。現在は木々に囲まれた軽井沢ですが当時は野原のような軽井沢でした。。 |
掲載内容は随時増やして行きます。追加掲載の時は新着コーナーにてお知らせいたします。
| イギリス人宣教師ショーが作った軽井沢の別荘第1号のショーハウスです。もともとは現在の場所ではなく何回か移築され現在の場所に落ち着いています。記念館として公開されており中を見ることもできます。場所はショー教会の裏手に建っています。元々のショーハウスはもう少し大きなもので約50年近く軽井沢教会の裏庭に立てられていたものを復元したものです。 |
| 江戸時代以前の軽井沢の歴史を物語るところは、旧碓井峠にある熊の神社が一番分かりやすいかもしれません。昔は上州と信州の国境で、現在は群馬県と長野県の県境になっていてこの神社は二つの県にまたがって建っています。賽銭箱も2つ置いてあります。もともとは軽井沢の集落発祥の地であったみたいです。今でもこの神社の周りには、お茶屋が立ち並び、有名な峠の力餅を食べる事ができます。 |
現在避暑地として有名な軽井沢も、古くは大和朝廷時代からの交通の要の地として栄えてきました。江戸時代には中仙道の宿場町として軽井沢宿、沓掛宿、追分宿と浅間三宿として栄えていました。そんな宿場町も明治、大正時代となり、交通網の発達と鉄道の開設に伴い、宿場町としての役割を終えてしまいました。宿場町軽井沢はイギリス人宣教師ショーによって避暑地別荘地として生まれ変わりました。外国人の別荘地、財界有名人の別荘地として多くの方に愛され現在に至っております。そんな軽井沢も時代の変化とともに大きく変貌を遂げ、今では昔をしのばせるものも少なくなってきています。この軽井沢歴史探訪のコーナーは、今でも歴史を物語っている建物や地籍を少しずつご紹介していきます。