| 昭和の初期に建てられた別荘です。今では昔をしのばせる別荘も少なくなり、時代が変わり近代的な別荘が多い軽井沢ですが、今でも歴史を物語る建物も健在しており、一部では保存活動をしておられる団体もあります。 |
| 軽井沢集会堂は、大正11年(1922)・日本人有志によって建設されました。この集会堂では、講演会、音楽会、映画会、展覧会などの催し物が行われました。昔の軽井沢の文化会館のような役割をはたしていました。現在でも軽井沢会テニスコートの横に建っています。 |
| 軽井沢にテニスコートが出来たのは明示25年(1892年)ごろと歴史の本には記載されています。当初は2面のテニスコートから始まり、序所に増面されて、現在のようになったみたいです。現天皇陛下もこのコートでテニスをされていました。歴史あるクレイコートは今でも丁寧にメンテナンスされています。クラブハウスも当時のものでこれもウイリアム・ヴォーリスの設計です。会員制になっていて一般の人はプレーすることが出来ません。現在コートは12面あります。 |
本文作成に当たり、軽井沢町誌等を参考にしていますが記載事項に誤りのある場合は御容赦ください。新規掲載は新着コーナーにてご案内いたします。
| 明治38年(1905年)日本基督教団軽井沢教会が設立され、現在の軽井沢教会の前進が出来ました。この教会はユニオンチャーチの創設者ダニエル・ノルマン氏が日本人のための教会として造ったものです。軽井沢の避暑地としての発展の中に教会は大きな働きをしてきました。現在では軽井沢には11の教会が有りますが旧軽井沢には4つの歴史ある教会が有ります。 |
| 明治30年(1897年)軽井沢合同基督教会として、ユニオンチャーチが設立されました。国籍も教派も問わず誰もが集える教会として作られましたが当時は外国人のために作られたもので日本人の利用は有りませんでした。現在でも夏になると大勢の外国人の方が集っています。今でも設立当時の思想を守り続けている教会です。教会そのものは夏期以外は閉まっていますが、日本語学校は通年開校されています。有名な建築家ウイリアム・ボーリスの設計で改築されています。 |
避暑地としての軽井沢の歴史を物語る建築物はたくさん有るのですが、明治時代に建築されたものはほとんど残っていません。それでも100年以上の歴史を持つ建物も健在しています。そのすべてを掲載することは出来ませんが随時ご紹介していきます。