軽井沢旧道の様子  その2
軽井沢旧道の様子  その1
昭和の浅間の噴火
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軽井沢ファッションも欧米化したとは言え、画像の中には着物姿の人が見受けられます。この30年代が終わると軽井沢旧道は大きくその姿を変えていくことになります。このころまでが、明治・大正時代の軽井沢の面影を感じられる最後の時代になってしまいました。
軽井沢旧道の様子  その3
現観光会館あたりから通りの上手を見た画像です。当時から犬も軽井沢の定番になっていたようです。画像で見る限りはまだ道は舗装されていないように見えます。この時代になると、大正時代のような、外国人のための英語の看板も見当たりません。 
旧道を上手から下手を見た画像です。通りには木々が植えられていていますが現在はほとんど残っていません。
本文作成に当たり、軽井沢町誌等を参考にしていますが記載事項に誤りのある場合は御容赦ください。新規掲載は新着コーナーにてご案内いたします。
草軽電鉄の踏み切りがあります。旧道の入り口になります。写っている車はすべて外国製で庶民は画像のようにもっぱら自転車を使っていたようです。昭和30年代はまだ明治時代からの面影を残している旧道です。
旧軽ロータリー現銀座通り入り口
  
昭和時代浅間山は頻繁に噴火を繰り返していました。この画像はいつの噴火かは不明ですが、噴火直後の画像です。冬の画像です。
軽井沢歴史探訪