この建物は愛宕山エリアにある建物です。この建物もとても古い建物です。画像では分かりずらいのですがとてもカラフルでモダンな建物です。一階部分を物置や駐車場にしていて当時としてはとても斬新な建物だった事でしょう。湿気の多い軽井沢で快適にサマーライフを過ごすにはすぐれたアイデアです。
この建物は三笠別荘地の旧軽井沢に近いところに建っています。和風の古いサマーハウスです。一部の日本人が始めて軽井沢で別荘を建てた時期に立てられたものかもしれません。旧軽井沢で初めて別荘を造った日本人は軍人さんだったそうです。旧軽井沢には古きよき時代の旧軽井沢を見つめていたサマーハウスが今でも残っているのです。この建物は現在でも夏は別荘として使用されています。
ハッピーバレーの奥の三度山にも歴史的価値のあるサマーハウスが多数あります。ライシャワーアメリカ大使のサマーハウスもこのエリアに有ります。画像の建物はボーリズの設計で現在は宮城学園の所有になっています。これらのエリアの別荘に行くには車では行けません。離れたところに車を止めて山を登るようになります。ここも昔は見晴らしのいい場所だったそうですが、現在は木々がうっそうとしています。
このサマーハウスは旧軽井沢でも有名な建物です。メンソレータムで有名な近江兄弟社の別荘です。設計は有名な建築家ウイリアムボーリズが手がけている建物です。派手さは無いのですが、旧軽井沢の自然に見事にマッチしています。何も知らずにこの建物の前を通ると、ただ古い建物くらいにしか思えませんが、とても貴重な建築物です。
万平ホテルの裏側にあるこのサマーハウス、ハッピーバレーと呼ばれる通りに面しています。同志社大学のシーモアハウスとなっています。このハッピーバレー周辺も、旧軽井沢では古い別荘地です。軽井沢で一番最初にサマーハウスを造ったカナダ人宣教師ショー氏が現在のつるや旅館近辺に建て、同じくカナダ人の帝国大学講師のディクソン氏が万平ホテル近辺に建てました。ほぼ同時期にこの二人がサマーハウスを軽井沢に建てました。このシーモアハウスは他の洋館造りの建物とは違い和のテイストをもった建物です。杉の皮を張った外壁はとてもユニークな発想です。
神戸の異人館のような派手さは無いものの、軽井沢にも異人館的雰囲気を持った古いサマーハウスがいたるところに残っています。この建物もその一つで洋館造りです。現在は人が住んでいないみたいですがきちっとメンテナンスされています。このような歴史ある建物を保存しようと言う運動が軽井沢ではありますが個人の資産なので中々進んでいないようです。
愛宕山には今でも外国人所有の古いサマーハウスが幾つか残っています。レトロな別荘の雰囲気を味わうのであれは、この愛宕山の別荘地がお勧めです。明治時代軽井沢で大洪水があり、それ以来サマーハウスは、高台の愛宕山周辺に建てられるようになりました。今では木々がうっそうとしていますが、昔は野原で見晴らしもよく浅間山や離れ山、旧軽井沢が一望できたそうです。このサマーハウスもとてもモダンな色で一際人目を引き付けます。
現在のハウスナンバー630番この場所が昔のハウスナンバー1番になるそうです。軽井沢旧道の一本裏手の通りでいち早くサマーハウスが立てられた地域です。神宮寺の裏手側です。最近ではこの辺のサマーハウスは建て替えられてしまい、昔の面影を残しているものは数少なくなっています。現在のオーナーは小川様になっていますが一番最初のオーナーはマーデン氏だったそうです。

マーデンご夫妻の画像です。
           
明治時代に別荘の町として生まれ変わった軽井沢。現在でも昔の名残を残しているサマーハウスが幾つか残っています。元々軽井沢にサマーハウスを持っていたのは特権階級の方が多く、夏に郵便物を迅速に配達するために当時の郵便局が考え出したハウスナンバー制度が今でも残っています。別荘地の各路地の入り口には画像のような立て札が出ていて名前とハウスナンバーを書いています。明治時代のこの制度が出来たときは650番まで番号があったそうです。現在はナンバー制度も見直されていて現在の番号は昔のままではありません。軽井沢の別荘地を散策するときはこのハウスナンバーわ見ながら歩くのも軽井沢の歴史を感じる事が出来ます。
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